インスタの投稿がキラキラしているリア充の心理を察して快適なインスタライフを!

ここ数年、おしゃれな人やイケてる人たちがこぞって写真や動画を投稿する、おしゃれですてきなSNSツールとして、インスタグラムが絶大な人気を博しています。その人気ぶりは、インスタグラムに写真を投稿することで収入を得ている、インスタグラマーなる職業人が出現してしまうほどです。

インスタグラムのリア充への反感

世間一般的なインスタグラムのイメージとしては、「おしゃれ」、「友達が多い」、「キラキラしている」といった、いわゆる「リア充」な人たちが、きれいで楽しげな写真を投稿しているというイメージを持つ人が多いと思います。

中には、こういった「リア充」たちに対して、「どうしていちいち友達との自撮り写真や旅行中に撮った動画を公開するのか」、「そんなに自分のことを自慢したいのか」などといった感想を持つ人もいることでしょう。たしかに、思い出を残すという意味で、写真や動画を撮って記録に残すというのはもちろん納得できるかと思いますが、なぜ自分の記録をわざわざ一般の人たちに公開し、周りに対してマウントを取るような行為を行ってしまう人がいるのでしょうか。

インスタグラムの作られた世界

それは、インスタのタイムライン上でなら、「自分のイヤな部分を隠し、キレイで理想的な面だけで自分を作り上げることができるから」だと言えるでしょう。タイムラインがキラキラした毎日の様子に満ち溢れている人は、ただ単純に「毎日が充実していること」や「友達が多いこと」をフォローワーに自慢したいのではありません。おしゃれで楽しげな様子の写真だけをタイムライン上にたくさん寄せ集めることで、自分の嫌いなところや認めたくないところを一切排除し、身の周りのものや自らの体験、そして自分自身を取り巻く環境がキラキラしているというすてきな自分をインスタ上に作り上げてうっとりしたいのです。

たとえば、おしゃれな雑貨や意識が高そうな健康輸入食品の写真をたくさん投稿している人は、インスタ上で見る限りは、「おしゃれなものに包まれた人」で居ることができます。しかし、実際には、大衆向けのドラッグストアや100円ストアで日用品を買ったり、スーパーのタイムセールで食料品を購入することだってあるでしょう。100円ストアやタイムセールで買い物をする「おしゃれじゃない自分」はインスタ上には現れません。

また、友達や仲間と一緒にいる様子を頻繁に投稿している人は、「たくさん友達がいて毎日楽しい日々を送っている人」に見えることでしょう。フォローワーは写真を見て、「いいな、楽しそうだな」と羨ましく感じるかもしれません。ですが、その人が本当に楽しい時間を過ごしたかどうかはその人にしかわかりません。もしかしたら、実際には全然盛り上がらなかったけれど、最後に一枚だけ記念に写真を撮っただけのものをいかにも楽しかった思い出として投稿しているだけかもしれませんし、実際にそういったケースはよくあります。

わざわざインスタに可愛くない自撮り写真や部屋が散らかっている写真を投稿する人はいません。もし友達とのツーショット写真を投稿するなら、何十枚も撮った写真の中から自分が最もかわいく写っている写真を絶対に選ぶでしょう。中には、あえて変顔をしたり、奇天烈なおもしろい写真を投稿したりしている人もいるかもしれませんが、そういう人は、「おもしろい」という理想の自分をインスタ上に作り上げているのです。

インスタは「こうありたい」と思う心理→理想の自分

だれしもが、「なりたい自分」をもっています。しかし、理想の自分になるためにはたくさんの努力をしなければならないし、努力したとしても、完全な自分の理想を手に入れることは、難しいのかもしれません。そんなとき、インスタグラムに「完全な理想の自分」を創り出そうとするのです。

結果的にインスタグラムは、人々の「こうありたい」と思う心理をうまく作用して流行したといってもいいでしょう。

もちろん、インスタグラムにキラキラした写真をたくさん投稿することが間違っているというわけではありませんし、リア充な様子を投稿している人が悪いわけでもありません。投稿している人の裏側の気持ちを察し、受け入れはせずとも、理解することさえできれば、快適にインスタグラムライフを送るための第一歩を踏み出すことができるでしょう。

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